葬儀は何故行われるのでしょう。
家族や身近な人との死別というのは、体験するとわかるのですが、
想像する以上に精神的に強いダメージを与える出来事なのです。
死は天寿をまっとうしての死ばかりではなく、痛みなどを伴った療養の末の病死であったり、
突然の事故や、災害死であったり、心の病の自死であったり、内容は様々なのです。
その死が囲む人間関係も多様ですから、それぞれの生が独自であるように、
一つとして同じ死は勿論ありません。
その固有の命が喪われるということは、死にゆく人だけではなく、
遺される人にも固有の深い喪失と悲嘆をもたらします。
死や喪失によってもたらされる悲嘆が葬式という行為を促し、
その悲嘆のプロセスが葬式そのものの内的なプロセスとなっているのです。
葬式にはその他の機能もあります。地域や社会の中で生きてきた人の死を社会的に告知し、
認知する事、死後間もなく発生する遺体の腐敗から死者の尊厳を守るために埋葬、火葬に処すること、
死者の魂をあの世へときちんと引き渡す事などです。
特に死者の魂の行方については心を砕き、このため宗教儀礼が大事に営まれました。
死者の魂の行方とは、同時に遺された人が死を事実として受け入れ、死者の魂を大切なものと認識し、
故人亡き後の自分達の生き方について考えることでもあったのです。
葬式は死者を忘れる為にあるのではありません。
葬式は、故人の一生を閉じるための大切な営みであると同時に、
遺された人が故人の命を引き継いで生きるための準備を促す機会でもあると言ってもよいでしょう。
死別を悲しむことは人間として極めて自然な感情で、
遺体を葬ることは遺された者の当然の責務なのです。
従って、お葬式はなぜするのか?ではなく、人の死はお葬式を必要とするというほうが正しいでしょう。